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【1】:月刊水滸伝フリー掲示板(82)

45:名無し: 2017-05-17 00:51:33

17~44の続き この無敵の強盗軍団が、略奪・放火・殺人を繰り返す中、官軍との闘いで頭領の「晁蓋」が戦死してしまいます。ドラマでは、死期が迫った「晁蓋」が、「宋江・・・・。招安したいのか・・・・?」と問うています。「晁蓋」自身は官吏とは関係ありませんから、当然招安には反対したでしょう。官吏に未練のある「宋江」の本心をよく知っていたのだと思います。「替天行動」の旗のもと、せっかく「晁蓋派」と「宋江派」の考えが一つにまとまったのですが、ここで「宋江」が強引に招安を行おうとすれば、組織が分裂することを心配したのでしょう。

44:名無し: 2017-05-16 17:14:05

17~43の続き この時点で、宋国では官軍に近い兵力を持ち、もはや無敵の盗賊軍団に成長したと思います。この勢いに乗り、組織の全員が自信に満ち、あらゆる可能性を確信したのでしょう。「晁蓋派」と「宋江派」の考えが一つになり、単なる自信ではなく「替天行動」という精神的な言葉(旗印)が誕生したのです。しかし、この「替天行動」という表現には、世間でよく言われるような‘皇帝陛下への忠義’という意味はとても感じられません。天は皇帝を意味しますから、この表現は明らかに朝廷への反逆行為を指すでしょう。「宋江」の本心は招安を実現することですから、「晁蓋」の力を利用して朝廷を脅し、官僚の不正をネタにゆすることにあったと思います。朝廷側が折れれば、役所と裏取引に持ち込み、役人へ復帰しようという企みだったと思います。つまり、当初から「忠義双全」ということはなかったでしょう。もし、朝廷側が要求に応じれば、「宋江」は名目上「忠義双全」などと唱えたことでしょう。実質的に、「宋江」を頂点とする反乱軍が誕生したのです。

43:名無し: 2017-05-16 14:13:04

17~42の続き このように、頭領である「晁蓋」も「宋江」を側近に置いて、役所のみならず、民間人まで情報収集を行ったと思われます。盗賊稼業の実績を重ねるにつれ、「晁蓋」は「宋江」を信頼するようになり、将来頭領にしてもよいと考えたことでしょう。ほぼ同時期に、「宋江」と親しかった「花栄」が中級官吏の職を失して、盗賊一味に加わることになり、さらに組織が充実しています。「晁蓋」の盗賊稼業が世間で有名になるつれ、民間人から同調者も多数加わったらしく、その人数は数百人~数千人へと膨れ上がっていったのではないでしょうか。もはや盗賊一味というより、盗賊軍団という方がよいと思います。

42:名無し: 2017-05-15 23:05:18

17~41の続き いつの時代でも、どの組織でも同様なことですが、情報通というのは上層部から重宝がられるものです。これは暴力団の世界でも同様で、組長達も側近に置いて、組織内外の状況把握を行っています。上納金にもよりますが、早く出世するそうです。とは言え、新参者の「宋江」達は実践も浅く、盗賊組織も管理できません。おそらく、「晁蓋」を頭領とする盗賊一味は、以下のような組織だったのでしょう。
○第二代頭領「晁蓋」の時代
 副 頭 領 「宋江」
 戦 略 家 「呉用」 …晁蓋派
 副戦略家 「公孫勝」…晁蓋派
 武 闘 家 「朱仝」、「戴宗」、「雷横」…宋江派
 副武闘家 「劉唐」、「阮小二」、「阮小五」、「阮小七」…晁蓋派

41:名無し: 2017-05-10 21:06:54

17~39の続き 「晁蓋」の盗賊一味は、「呉用」、「公孫勝」、「劉唐」、「阮三兄弟」達の民間人出身の無法者達です。いくらこの盗賊集団が、情報収集力・武力・機動力に計り知れないものがあったとしても、力だけでは盗賊稼業を行う上で限界があります。確かに、盗賊稼業では経験・実力とも「宋江」より上になります。しかし、元官吏の「宋江」、「朱仝」、「戴宗」、「雷横」達は、役所内部の組織や機能などの他に、役人達の不正や弱みなどの個人的な情報まで持っているでしょう。このような人物が盗賊一味に加われば、役所や官軍の先手を打って行動できるので、盗賊稼業をよりうまく遂行できます。また、高官の弱みをネタに脅迫すれば、大金が得られるだけでなく、役所の動きを封じ込めることも可能になります。「晁蓋」が自分の盗賊一味をどこまで強化・発展させようとしたかはわかりません。ただ、元官吏の「宋江」達を仲間にすることで、組織的に大いに有利になることは望んでいたでしょう。

40:名無し: 2017-05-10 11:39:07

17~39の続き 「宋江」が落草した直後、「朱仝」、「戴宗」、「雷横」達も、官吏の職を失しています。彼らは「宋江」と親しかったため、「宋江」の不正に加担していたことがばれたのか、あるいは自らの罪を問われたのでしょう。ところで、盗賊一味は「劉唐」のような無法者の集まりですから、盗賊稼業では経験・実力とも「宋江」より上になります。「宋江」一人ではどうしても立場が弱くなってしまいますね。そうなると本来の目的である招安を実現することが難しくなります。このため、同じ境遇の「朱仝」、「戴宗」、「雷横」達を仲間に引き込めば、「宋江」の立場が強くなるのです。(広島市在住)

39:名無し: 2017-05-09 22:33:15

17~38の続き このように、敵対勢力の待遇を良くしてやることで、騒がれることがなくなり、不正の発覚を防ぐことができるのです。しかし、「宋江」のような調整役は、非常時の措置であり人材の使い捨てを意味します。実社会では、不正が多いほど犠牲になった人材も多くなるため、それだけ役員や管理者の実力がなく、万札が厚くなると言われます。結局、官吏の職を失し犯罪者となった「宋江」は、「晁蓋」を頭領とする盗賊一味へ落草しました。

38:名無し: 2017-05-08 23:10:02

17~37の続き 組織内に不正が起きた場合は、敵対勢力から脅迫されたり、暴かれては困ります。これを未然に防ぐために、「宋江」のような敵対勢力との調整役をつくり、裏取引に持ち込むやり方は、現在でも政治、警察、企業、民間などいたるところで利用されています。つまり、敵対勢力に関係する人物をあえて採用して(既に採用していた?)、工作員として対応させるのです。また、そういう人物は「宋江」のように独身であればさらに都合がよいのです。反対勢力の内部に娘がいれば、いい家に嫁がせることでより懐柔しやすくなるからです。結局、役所にとって「宋江」は、不正を隠蔽するための捨て石あるいは消耗品にすぎないのです。

37:名無し: 2017-05-08 00:03:10

17~36の続き 「宋江」にすれば、もはや役人へ戻る力がありませんから、「晁蓋」の力を利用して、役所の不正をネタに脅すしかないと思います。役所の側からすれば、内部の不正や情報を盗賊一味にタレ込まれては困りますから、「宋江」を懐柔するために取引を持ち掛けようとするでしょう。その方が、「宋江」から盗賊一味の情報を得られるだけでなく、「宋江」を「晁蓋」との調整役に利用できるからです。これは「宋江」にとって、うまくいけば役所と裏取引に持ち込み、役人へ復帰できるかもしれません。さらに、不正や弱みのある高官を人脈にして、役人への復帰を要求すれば、その可能性はさらに高くなるでしょう。

36:名無し: 2017-05-07 23:24:59

17~35の続き 一方、以前から「宋江」と親交があった「晁蓋」は、「宋江」の持つ豊富な人脈と事情通をよく知っていたはずです。今後、盗賊稼業を行う上で強力な武器になることは間違いありません。是非とも仲間にしたい人物だったと思います。これは日本でも事情は同じで、政治、警察、企業、暴力団でも情報屋(タレこみ屋)は重宝していますね。「晁蓋」は盗賊一味の頭領ですから、闇の人脈もあり、その組織の持つ情報収集力・武力・機動力は計り知れないものがあったでしょう。そこに「宋江」が加われば、中国史上最強の盗賊集団が誕生し、官軍とて対応できなくなってしまうことでしょう。

35:名無し: 2017-05-07 23:04:28

17~34の続き このように「宋江」という人物は、一見さえない男に見えますが、実は多くの人脈を持ち事情通だったと思われます。このことは、役所の組織、機能、人材、設備だけでなく、役人の縁故や不正行為など個人的な事情まで把握していたのではないかと推測します。もちろんこれは民間人に対しても同様ですし、盗賊一味の頭領にまで及んでいたでしょう。言わば、情報収集と状況把握に長けていた人物と言えるのではないでしょうか。

34:名無し: 2017-05-07 19:19:59

17~33の続き 「宋江」という人物は、色は浅黒く、背が低く、特に文武に秀でることのない、さえない男だったと言われています。しかし、実際には不正により儲けた金でかなり裕福だったことから、役人や民間人には気前が良かったのではないかと思います。民間人の悩みをなんでも聞いてやり、賄賂をもらうことで融通も利かしてやったのでしょう。このことが「宋江」にとつて評判を高め、豊富な人脈と情報を得ることができた理由だと思います。いわゆる「山東の名士」の誕生です。この「宋江」が、何の罪に問われ、どのような処罰を受けたのかはわかりません。ただ、衙門を放り出され道路に這いつくばったとき、役所に対する憎しみと復讐心を抱いたのではないでしょうか。

33:名無し: 2017-05-06 19:30:22

17~32の続き 官僚という後ろ盾をなくした「宋江」には、以前のような力はなくなりました。民間人の宋江に対する態度も、‘宋江さん、現金でちゃんと払ってくださいよ’に変わったことでしょう。以前のような「山東の名士」としての夢のような待遇は失われたのです。このため、「宋江」としては官吏に大いに未練があったことでしょう。‘他の官吏もやっているのに、なぜ私だけが罪に問われるのか’、何度も嘆いたと思われます。役人時代に知り得た不正を暴露したところで、もはや「宋江」には全く力はないのです。よほど「官吏」の身分へ帰りたかったのではないかと想像するのですが。

32:名無し: 2017-05-06 17:19:02

17~31の続き 「宋江」は、今まで官吏という立場を利用し、民間人の計らいでただで飲食などできたでしょうし、多額の賄賂も受け取っていたでしょう。また、密通していた盗賊の首領からも見返りをもらうなど、甘い蜜を吸っていたのではないでしょうか。しかし、これらの悪事もいつかはばれて、官吏を首になり、食扶ちがなくなってしまいました。「宋江」の待遇は一変し、これからは何事も自腹でしなくてはならなくなったわけです。こうなると、官吏時代に知り得た他の官吏が行っていた不正に矛先が向かうでしょう。おそらく「宋江」という人物は、役所内外の事情通だったのではありませんか。なぜ私だけが罪に問われるのか、他の官吏もやっているではないかという訳です。(広島市在住)

31:名無し: 2017-05-05 21:33:02

17~30の続き 「宋江」、「朱仝」、「戴宗」達は、下級官吏の出身です。しかし、当時の役人は、公金の横領や賄賂など不正が多く、信憑性に欠けるものだったと思います。これは、日本の江戸時代以前でも同じでしょう。「宋江」達も完全に清廉潔白というわけでなく、権力を笠に不正はしていたと思われます。むしろそれが普通だったと思います。現在でも公務員による不正や警官と暴力団の関係などあるではありませんか。つまり、「宋江」達自らが罪を犯していたと思われます。これが何らかの内部抗争につながり、官吏を首になったと推測します。「宋江」達は食扶ちがなくなってしまいました。「宋江」は、私達が思ったほどの人物ではなかったのかもしれませんね。

30:名無し: 2017-05-04 00:13:39

17~29の続き 「晁蓋」率いる盗賊一味は、民間出身の無法者の集まりのため、略奪、放火、殺人などしたい放題を行っていたのではないかと思います。これに対し、「宋江」達は、役所内部の抗争や自らの罪により、官僚を追われた身であったと思われます。この「晁蓋」と「宋江」にどのような結びつきがあったのかはわかりません。共通する点は、朝廷に対する不満と憤りであったのではないでしょうか。当時の記録は全くなく口頭による伝承のみですから、手がかりは「水滸伝」の内容になります。

29:名無し: 2017-04-30 23:18:27

17~28の続き すみません。「宋江の乱」の元々の姿を、以下のように修正しました。
(1)晁蓋派
 「呉用」、「公孫勝」、「劉唐」、「阮小二」、「阮小五」、「阮小七」
(2)宋江派
 「盧俊儀」、「秦明」、「花栄」、「朱仝」、「戴宗」、「雷横」、「燕青」
やはり、「朱仝」と「雷横」は、「宋江」と関係が深いですから省けませんでした。

28:名無し: 2017-04-30 22:55:30

17~27の続き ここで水滸伝の代表的登場人物の「林冲」と「魯智深」が出てきません。これは、両者が山賊出身者であり、初期から「宋江」と関係はなかったのではないかと思われるためです。ここで「宋江の乱」の元々の姿を、もう一度整理してみました。
(1)晁蓋派
 「呉用」、「公孫勝」、「劉唐」、「阮小二」、「阮小五」、「阮小七」
(2)宋江派
 「盧俊儀」、「秦明」、「花栄」、「戴宗」、「張横」、「張順」、「燕青」
といったところになりますか。「宋江」と山賊の関係は分かりませんが、「晁蓋」率いる盗賊一味が、山賊と関係があっても不思議ではないですね。そうなれば、何人か追加しないといけないのですが・・・。あくまでこれは想像の世界ですから。

27:名無し: 2017-04-26 14:21:27

17~26の続き 108星の中には山賊出身者が多く、これらは後世に追加された人物だと思われます。また、もともと初期に登場していた人物が、72員に含まれているとも考えられます。「宋江の乱」の元々の姿は、盗賊一味である晁蓋とその手下達だったのではないでしょうか。これに、下級役人の「宋江」が、同じ役人の「秦明」、「花栄」達とともに加われば、単なる盗賊が、「替天行動」の旗のもと規律にとれた組織に変わり、「宋江の乱」へと発展したとも思われます。

26:名無し: 2017-04-22 23:30:10

17~25の続き では、「宋江の乱」ではどのような人物がいたのでしょうか。後世追加された人物が多く、なかなか難しいところですが勝手に想像してみました。まず、梁山泊の頭領である「王倫」、「晁蓋」、「宋江」は間違いないでしょう。王倫の部下である「宋万」、「杜遷」も期待してよいと思います。次に晁蓋の手下である「呉用」、「公孫勝」、「劉唐」、「阮三兄弟」は初期から登場しています。そして副将の「盧俊儀」と「燕青」は欠かせない人物だと言えます。これに宋江とともに梁山泊に加わった「秦明」、「花栄」あたりではないでしょうか。この中で中心的な存在は、やはり盗賊一味である晁蓋とその手下達でしょう。これなくして「宋江の乱」は語れないと思います。もっとも「王倫」と「晁蓋」は、内部の対立や官軍との闘いで、早くも死んでしまいましたが。この人物像から「宋江の乱」の実像を想像してみるのも面白いですね。

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