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【1】:月刊水滸伝フリー掲示板(80)

83:名無し: 2017-07-19 01:25:01

17~80の続き(補足説明12)
 ここでは、最初の降伏で、「張叔夜」が「宋江」を招安・帰順させたことにしました。これは、二回目の降伏で、「宋江」達は処刑されたため、それより以前に帰順していなければ矛盾するからです。帰順に適した時期としては、やはり最初の降伏のときでしょう。
 また、「張叔夜」と「宋江」は、お互いに一目置く間柄だったのではないでしょうか。この両者の関係から見て、「張叔夜」が「宋江」を帰順させたと見て、まず間違いないでしょう。二回目の降伏では、「宋江」達は首都開封に送られ暗殺されたと思います。「張叔夜」は、直接手を下さなかったのではないでしょうか。

82:名無し: 2017-07-17 02:40:44

17~79の続き(補足説明11)
 これまで述べてきた現代社会の「内部対応」を、水滸伝の「宋江」に当てはめてみましょう。まず、宋史などの記録による経緯を整理しておきましょう。
 反乱を起こした「宋江」は官軍に二度降伏しています。最初は、「張叔夜」が「宋江」を投降させ帰順させました。しかし、再び「宋江」は朝廷に背き反乱を起こしています。ここで、亳州知事の「侯蒙」が、宋江の罪を赦して将軍に取り立て、江南の「方臘」を討伐させようと意見書を提出しましたが、実現しませんでした。
 その後、再び「張叔夜」に「宋江」は降伏しています。このとき「宋江」と反乱軍は処刑されたと思われます。残念ながら、二度目のチャンスはなかったのでしょう。

81:名無し: 2017-07-15 00:35:41

17~78の続き(補足説明10)
 このように、現代の組織では部長、所長級の方が「内部対応」の要になりますが、これは何故でしょうか? 誰もがこのような信用のない人は、平社員などに置いて、課長が使えばよいのではないかと考えるでしょう。しかし、実際には大変優遇されているのです。
 組織内で不正が発生した場合は、緊急事態になります。役員達はたとえ噂であっても、絶えず情報をキャッチしようとします。特に社内の反対勢力の状況は、役員達は直ぐにでも把握したいのです。このため、役員達に直接情報が入り、直ぐに指示・対応できるように、部長、所長級の方が調整役の任務にあたっているのです。

80:名無し: 2017-07-14 00:36:06

17~77の続き(補足説明9)
 それでは、組織内ではいったい体誰が「内部対応」の要になるのでしょうか。普通の社員ではとても業務をこなすことができないことは、皆さん容易に理解できますね。その役には、会社の社員であると同時に反対勢力の仲間であることが、最も適しているのです。反対勢力のことを誰よりもよく理解しており、かつ会社サイドであるからなのです。
 水滸伝でいえば、「宋江」がそれにあたります。「宋江」は元々官吏でしたが、罪を犯したため落草し、反乱軍(強盗集団)の頭領になっています。この「宋江」を招安し朝廷に帰順させることで、調整役(節度使)にできるという訳です。現代社会では、部長、所長級の方がこの調整役の任務にあたっています。意外と上級管理者でしたね、皆さん!

79:名無し: 2017-07-13 16:59:55

17~76の続き (補足説明8)
 組織内では、大なり小なりいつも不正が生じていますから、この「内部対応」の体制がいかにしっかりできているかが、組織を運営する上で非常に重要になるのです。世間に発覚した不正への「対外対応」も大事なのですが、それ以上に「内部対応」が重要である理由がここにあるのです。
 このように「反対勢力への対応」という体制は、いわばトップの方達のガードナーという存在です。つまり、組織の運命はこの体制に託されていると言っても過言ではありません。例えば、水滸伝の舞台である北宋では、「宋江」を招安・帰順させようとした朝廷の大臣(節度使)は、皇帝徽宗の運命を左右するほどの影響力を持っていたということになります。

78:名無し: 2017-07-13 16:05:10

17~76の続き (補足説明7)
 ところが、このような時に組織内の反対勢力から批判や追及があれば、結果は、据え置きどころか一転して重罪判決になってしまいます。これまでかけた膨大な労力と金が水の泡になってしまうのです。さらに、外殻団体にまで不正が漏れてしまうと、もはや取返しがつかない事態になります。
 なんと、こんな事のために役員達の「運命」が大きく変わってもよいのでしょうか。これではとても組織を適切に運営し目標を達成することはできません。このようなとき、反対勢力の注意を逸らし、懐柔するなどの対応をするだけで、役員達が助かる可能性があるのです。これを「内部対応」といい、役員が最も重視していることです。

77:名無し: 2017-07-13 15:40:37

17~73の続き (補足説明5)
 梁山泊の「朝廷の不正を正す」というスローガンに基づき、もう少し「不正」についてお話ししたいと思います。
組織内で不正が起きた場合は、その業務は総括部門の所管となり、現状調査・原因分析・再発防止・報告を行います。しかし、このような後処理(事務手続き)は当たり前のことなのです。それ以上に問題なのは、この後に起きる組織内の責任追及なのです。
元々他人(現場の担当者)のミスが原因で不正が起きたのですから、その度に役員達は降格や辞任に追い込まれてはたまりません。責任追及をかわすか、できるだけ処罰を軽くしたいところです。このあたりは、関係する部長や所長、課長が、色々な理由づけを行い、大金を積めば、役員達の裁量加減で大きく変わるものです。

76:名無し: 2017-07-12 02:25:57

17~73の続き (補足説明5)
 「宋江の乱」では、朝廷の大臣達が「宋江」を招安・帰順させることで、北宋の危機を救おうとしました。結局、「宋江」のような調整役は、非常時の措置として使い捨てになったのですが、大臣達の英知のおかげで、北宋は南宋として存続できました。しかしながら「宋江」は、まさにトップの方達との間にある柵を跨いで、北宋を・・・、中国の歴史までも動かすほど影響を与えたのではないでしょうか。

75:名無し: 2017-07-12 02:24:25

17~72の続き (補足説明4)
 ここで述べている「反対勢力への対応」という業務は、組織を運営し目標を達成するために存在するのですが、いわばトップの方達のガードナーという役割です。つまり、組織の運命はこの業務に託されているということなのです。このことから、大会社の役員、政治家、大財閥からトランプ大統領に至るまで、彼らの運命を左右するほどの影響力を持つということをご理解していただけたと思います。

74:名無し: 2017-07-12 00:00:33

17~71の続き (補足説明3)
 組織内で不正が起きた場合の対応方法については、これまで「宋江の乱」を例に具体的に書いてきました。ここで大事な点は、「反対勢力への対応」方法の細やかなテクニックではありません。実社会では、不正が多いほど役員や管理者の実力がなく、万札が厚くなると書きました。このことは一見してとんでもない奴らだと思われがちです。しかし、トップの方達にとっては、不正というのは組織を運営する中での、ほんの一部の出来事でしかないのです。組織を運営し目標を達成するためには、人材というのも消耗品でしかありません。非常時の措置として人材を使い捨てることもあるのです。この「大局的な」視点から見ると、業務としての「反対勢力への対応」が、組織内でどのくらい重要な任務があるのか理解できるでしょう。不正がある度に、役員や管理者も大したことないなと、結果だけを評価するのではダメなのです。大会社の役員、政治家、大財閥からトランプ大統領に至るまで、世界的にも歴史的にも左右するほどの影響力があるということなのです。「宋江の乱」は、まさにこのトップの方達との間にある柵を跨いで、中国の歴史を動かして

73:名無し: 2017-07-11 23:59:51

17~71の続き (補足説明3)
 組織内で不正が起きた場合の対応方法については、これまで「宋江の乱」を例に具体的に書いてきました。ここで大事な点は、「反対勢力への対応」方法の細やかなテクニックではありません。実社会では、不正が多いほど役員や管理者の実力がなく、万札が厚くなると書きました。このことは一見してとんでもない奴らだと思われがちです。しかし、トップの方達にとっては、不正というのは組織を運営する中での、ほんの一部の出来事でしかないのです。組織を運営し目標を達成するためには、人材というのも消耗品でしかありません。非常時の措置として人材を使い捨てることもあるのです。
 この「大局的な」視点から見ると、業務としての「反対勢力への対応」が、組織内でどのくらい重要な任務があるのか理解できるでしょう。不正がある度に、役員や管理者も大したことないなと、結果だけを評価するのではダメなのです。大会社の役員、政治家、大財閥からトランプ大統領に至るまで、世界的にも歴史的にも左右するほどの影響力があるということなのです。「宋江の乱」は、まさにこのトップの方達との間にある柵を跨いで、中国の歴史

72:名無し: 2017-07-11 23:56:30

17~71の続き (補足説明3)
 組織内で不正が起きた場合の対応方法については、これまで「宋江の乱」を例に具体的に書いてきました。ここで大事な点は、「反対勢力への対応」方法の細やかなテクニックではありません。実社会では、不正が多いほど役員や管理者の実力がなく、万札が厚くなると書きました。このことは一見してとんでもない奴らだと思われがちです。しかし、トップの方達にとっては、不正というのは組織を運営する中での、ほんの一部の出来事でしかないのです。組織を運営し目標を達成するためには、人材というのも消耗品でしかありません。非常時の措置として人材を使い捨てることもあるのです。
 この「大局的な」視点から見ると、業務としての「反対勢力への対応」が、組織内でどのくらい重要な任務があるのか理解できるでしょう。不正がある度に、役員や管理者も大したことないなと、結果だけを評価するのではダメなのです。大会社の役員、政治家、大財閥からトランプ大統領に至るまで、世界的にも歴史的にも左右するほどの影響力があるということなのです。「宋江の乱」は、まさにこのトップの方達との間にある柵を跨いで、中国の歴史

71:名無し: 2017-07-11 19:02:03

17~70の続き (補足説明2)
 昨今、行政や企業などの不正がよく新聞に掲載されています。このような時は、起きた結果も大事なのですが、私がいつも興味を持って見ていることは、政治家や役員達がどのように責任を回避するかという点です。世間に発覚したものは、対外的なことにすぎないのです。実はこれからが本番で、組織内からの責任追及、被害者や共産党、ヤクザなどの反対勢力からの攻撃が待っているのです。ただ役員を辞めれば、それで済むという訳ではありません。
 組織内では、大なり小なりいつも不正が生じます。小さな不正は、内部でなんとか解決するため、官公庁などへは報告されずに済みます。しかし、それでも仕事の不正は不正ですから、組織内の反対勢力からの攻撃や集りがあるのです。反対勢力と言えば、「宋江」の背後にいる外殻団体がありましたね。つまり、不正が起きた場合には、組織外の外殻団体に漏れてしまうことが結構あるのです。

70:名無し: 2017-07-09 23:20:02

17~69の続き (補足説明)
 これまで記載した内容は、私がある会社で働いていた時に、実際に業務として行った「反対勢力への対応」に基づいています。けれども、ぼんやり読む程度では、皆さんは理解できないのではありませんか?というのは、普通の人々は、このような体験はまずできないと思うからです。この内容は「宋江の乱」に関係するところに限定していますが、もちろん実際は、こんな単純な内容ではありません。実はこれには、大会社の役員、政治家、大財閥からトランプ大統領に至るまで、全世界だけにとどまらず歴史まで左右するほどの影響力があるのです。それ故、世の会社役員や政治家達がこの考え方を嫌うのです。このトップの方達との間にある柵を跨ぐ「宋江の乱」は考えれば考えるほど、歴史的に見ても世界的に見ても、普遍の原理を我々に教えてくれそうだと思いませんか。(広島市在住)

69:名無し: 2017-05-29 23:00:36

17~68の続き (最終回)
 以前、私は、宋史に残された僅かな記録が、私が実社会で体験した「反対勢力への対応」とよく似ていることに気付きました。この対応方法は、現在でもあらゆるところで利用されています。これまで記載した内容は、この宋史の記録に、それを当てはめて想像して書いたものです。自分でも割とよく合うのではないかと感心しています。宋は今から千年前の国ですが、当時の朝廷の大臣達も、現在と変わらない英知を備えていたと思います。
 私は、歴史の専門家でも、小説家でもありません。全くの素人です。これまで記載した内容には、間違いや不確かなものが多々あると思います。今後、専門家や小説家により「宋江の乱」の真の姿が明らかになることを期待します。なお、これまで記載した内容については、一切著作権を問いません。水滸伝の良さは、民間人によって語り継がれるところにあるのですから。

68:名無し: 2017-05-29 20:26:40

17~67の続き 水滸伝は、民間人によって長く語り継がれてきた物語です。108星の中には山賊出身者が多く、これらは後世に追加された人物だと思われます。ここでよく考えて見ると、この追加された人物達は、全く架空の人物としてよいのでしょうか?そもそも落草した「宋江」を後押したのは、他ならぬ「晁蓋」率いる盗賊一味なのです。そういう意味から、語り継がれてきた「宋江の乱」を、水滸伝という物語として完成させたのは、山賊・盗賊の関係者であっても不思議はありませんね。「宋江の乱」には参加していないが、それ以降、実在の山賊・盗賊の頭領を追加した可能性もあります。水滸伝に名を記載することで、中国の歴史にその名を残そうとしたのでしょう。

67:名無し: 2017-05-29 17:48:24

17~66の続き 第三帝国を建て国王を名乗った「方臘」と違い、「宋江」は招安という別のやり方で目標を実現したのです。残念ながら、「宋江」は、官軍という檜舞台で活躍することはできませんでした。生き延びた「公孫勝」や「燕青」達は、「宋江」、「盧俊義」達がどういう人物であったか、一番よく知っています。「宋江の乱」が世間から忘れ去られようとする中で、「宋江の乱」の真の姿を知っているのは彼らだけなのです。「宋江」、「盧俊義」達が生きていたら、官軍という檜舞台で活躍していただろうと思い描いたことでしょう。このように「公孫勝」や「燕青」達が、「宋江」、「盧俊義」達を語り継いだからこそ、今もなお中国の歴史にその名前が残っているのです。(広島市在住)

66:名無し: 2017-05-29 16:43:09

17~65の続き それでは、「宋江」、「盧俊義」達を、単に罪人で反逆者として片づけてよいのでしょうか。「宋江の乱」が世に残したものは何でしょうか。彼らは「替天行動」という旗印を掲げ、宋では無敵の反乱軍となり、世間から一目置かれるようになりました。このとき全員が自信に満ち、あらゆる可能性を確信したのです。それは、江南の「方臘」が第三帝国を建てたのとよく似ていると思います。水滸伝では敵対していますが、おそらく「宋江」と「方臘」は、同じ志を目指す仲間だったのではないでしょうか。手段は何であれ、「宋江」が一度招安を受け帰順したことは事実です。落草した「宋江」が、「晁蓋」率いる盗賊一味の力を借りて、ここまでやることができたのです。

65:名無し: 2017-05-28 22:44:52

17~64の続き あの江湖の好漢といわれた「宋江」、「盧俊義」達でしたが、彼らさえ世間から忘れ去られようとしているのです。世間で言われているのは、宰相の「蔡京」、太尉の「高俅」、枢密使の「童貫」が手柄を立て昇進したということばかりです。微かに「宋江」達が招安を受け帰順したのではないかという噂もありますが、既に「宋江」達はこの世にいないのですから、民間人の前に姿を現すことはないのです。このように、犠牲になった人材は、決して表に名前が現れることはありません。消し去られていくのです。結果として皇帝の「徽宗」、宰相の「蔡京」、太尉の「高俅」、枢密使の「童貫」が、歴史に正式な記録として名を残すことができるのです。

64:名無し: 2017-05-28 00:03:41

17~63の続き 「公孫勝」や「燕青」達の何人かは、反乱軍が降伏し投降する直前に逃亡したと思われます。その後、この反乱軍の残党達はどうなったのでしょうか?この残党達が、山東省の山賊や盗賊達と同調して反乱を起こす可能性があります。当然、朝廷から刺客が送り込まれ、残党狩りが始まりました。「公孫勝」や「燕青」達は、追っ手から逃れるために、一時山奥深く隠れたと思われます。朝廷としては、遼・金などへの北方対策に兵力を費やしているため、反乱軍対応どころではなかったでしょう。数年後、「公孫勝」や「燕青」達が再び都に戻ったときは、なんと「宋江の乱」が世間から忘れ去られようとしていたのでした。

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