トリビア

一覧ページに戻る

2013年7月23日up

ホントに四大奇書? 「水滸伝」のスピンオフ作品「金瓶梅」

「中国の四大奇書」って、ご存じだろうか? いずれも明の時代後半に書かれた、「三国志演義」「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」の4つがそれである。昔、「中国では4つとも読んでいない者は一人前の大人ではない」というフレーズを聞いたことがあるが、今もそうなのかどうかは知らない。「奇書」とはまさに「金瓶梅(きんぺいばい)」のためにあるような呼び方で、他の3つは「名書」に数えたほうが良さそうだ。

「金瓶梅」とは、水滸伝にも登場する西門慶(せいもんけい)、潘金蓮(はんきんれん)たちを主人公として描いた「水滸伝」の外伝作品。大衆娯楽小説…というより古典的ポルノ小説と言える。

「水滸伝」では、虎殺しの武松に潘金蓮も西門慶も成敗されるのだが…「金瓶梅」では生き永らえてしまう。昭和5年刊行/「少年水滸伝より」

筆者が本書を読んだのは、確か高校2年か3年の頃だったと思う。すでに「三国志演義」と「水滸伝」は読了していて、何かの機会に国語の先生から「金瓶梅」の話を聞いたのである。しかし、「学生のうちは刺激が強いからまだやめておきなさい」と先生は言った。しかし、好奇心まっさかりで性的刺激に飢えている十代の男子に「刺激が強い」は禁句だった。私はすぐさま図書館で「金瓶梅」の訳本を借りてきて、読みはじめてしまったのである。ただ、読んでみた最初の感想は…「なんだこりゃ?」であった。

出だしは、「水滸伝」の武松のエピソードから。清河県の大金持ちで放蕩者の西門慶は、炊餅売りの武大の妻・潘金蓮と密通し、ふたりで共謀して武大を毒殺する。ここまでは「水滸伝」と同じだ。しかし、水滸伝では武大の弟・武松が、西門慶と潘金蓮を成敗して復讐を果たすのだが、「金瓶梅」ではふたりは逃げ延び、武松は誤って別人を殴り殺して孟州へ流刑になってしまう。

潘金蓮/水滸伝パークより

怖いものがいなくなった西門慶は潘金蓮を第5夫人に迎え、さらに第6夫人も迎え、元から居た4人の夫人、さらには女中や使用人の妻たちとも関係を持って情欲を極める。そこから先は、まさに「酒池肉林」の展開となるわけである。こうして説明を書いていると、一体何が正義で何が悪なのかすらも、分からなくなってくるような気がする…。

ポルノ小説といっても、所詮それは古典小説だからストレートな性描写は皆無に等しく、想像力が試されるような遠まわしな表現が多い。それでいて、描写は極めて細かく、さらにクドい。宴会の席での食べ物とか飲茶の内容、西門慶や女たちが着ている衣装、脈絡もなく挿入される音曲や詩。そんなことが事細かに書いてある。だらだら飲み食いしてセックスする毎日のなかで、女たちの嫉妬や憎悪が入り混じり、醜い権力争いが展開されてゆく…。性的刺激に飢えた十代の若者が読めば拍子抜けするのも当然といえた。

反面、中国の当時の庶民的な習慣…明代後期の社会風俗がよく分かるし、西門慶とそれを取り巻く女たちの性格描写などが丁寧に描き分けられているのは事実。また、因果応報という言葉通り、西門慶も潘金蓮もしっかりと悲劇的な最期を遂げ、読了後は納得させられたような気分になるから不思議。筆者は拍子抜けした後は、当初の目的も忘れて純粋な興味から最後まで読み進めてしまった。

本場の中国でも人気は今ひとつで、どちらかといえば「読んではいけない本」と思っている人も多いとか。それどころか、「水滸伝」と「金瓶梅」に接点があること自体、知らぬ人が多いらしい。統計をとったわけではないので「らしい」などと曖昧な表現になってしまうのは申し訳ないが…しかし、それではあまりに四大奇書の本場にしては寂しい話ではないか。

かといって、万人におすすめできる自信は私にもない。読んで何かのタメになるかといえば、ならないだろう。ここまで読んでくださった有難い「水滸伝」好きの読者の方には「期待しすぎなければ面白いですよ」と言っておこう。今ならば岩波文庫の全10冊セットは読みやすく、おすすめである。十代や二十代の人に対しては「刺激が強すぎるから、まだやめておきなさい」と、あのときの先生と同じ言葉を投げかけておきたい。

文・上永哲矢〈哲舟〉=歴史コラムニスト