トリビア

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2013年6月13日up

42年前に完成した「横山光輝 水滸伝」の偉大さ

最近、横山光輝さんの漫画『水滸伝』全8巻(文庫版は6巻)を読みなおしてみたのだが、やっぱり面白いものって、何度読んでも面白いものだなあ、と改めて感じた。横山光輝さん(1934~2004年)といえば、『鉄人28号』や『魔法使いサリー』などの作者として有名な日本漫画界の巨匠であることはご存じの人も多いと思う。

すでにそれらの作品で人気漫画家となっていた横山さんが、32歳のときに手がけたのが『横光水滸伝』だ。その後『三国志』、『項羽と劉邦』、『史記』と続く、横山さんの中国を題材とした歴史作品シリーズ第1弾なのである。

(C)光プロ/潮出版


潮出版社の「希望ライフ」「希望の友」で連載されたのが1967年から1971年だから、完成は今から42年前になる。筆者はまだ生まれていなかったので当時の状況を肌では知らないが、まだ日本と中国の国交が正常化する前の時代だ。今でこそ華流ドラマが放映され、本場の京劇団などが来日するなど、中国文化には気軽に触れられるが、当時の日本から見て、中国は近くて遠い国。資料も乏しかったと思われる。

そんな中で描かれた『横光水滸伝』は、やっぱり“凄い”というしかない。登場人物の服装や鎧、武器などの資料などほとんどない中、原作小説の描写を膨らませて想像で描くしかなかったわけだ。それを見事に長編として作り上げたのだから…。

ただ、今見るといささかの違和感もある。たとえば林冲の武器が原作では蛇矛(じゃぼう。『三国志演義』では張飛の武器)なのだが、本作で彼が使っているのは棍棒だ。呼延灼の武器である双鞭も、本来は固い棒状の武器なのだが、本作では囚人を打つような“しなるムチ”になっている。また、魯智深の武器や衣装も日本のお坊さんを連想させる形状に描かれているのだ。それもこれも、まだ資料が乏しかったという事情を見れば仕方ないことといえる。

せっかくなので、他にも少し細かい突っ込みどころを挙げてみよう。赤髪鬼・劉唐がなぜか序盤は幻術使いとして登場し、原作の荒くれ者らしさがない。逆に公孫勝は序盤、幻術を使わない荒法師として描かれ、ちょうどふたりのキャラが入れ替わった格好である。また、打虎将・李忠が序盤では痩せた間抜け面の人物なのに、中盤で再登場したときは強面の悪人顔で、体型も変わっているから不思議だ。しかし、このような描写の間違いは後年描かれた『三国志』などにも見られ、横山ファンにとっては「愛すべき突っ込みどころ」でもある。

原作に多く盛り込まれた残酷な描写や、性描写がほとんど削除されているのも好意的に見る人が多い。また、メインストーリーを重視しているために、それと関連性が薄い場面や人物などは大胆にカットし、テンポ良く読ませるための工夫がなされている。そのために108星のうち登場するのは3分の1程度だし、水滸伝独特の濃厚な描写がないので、原作好きから見れば物足りない部分もあるだろう。しかし、本作はそもそも子ども向けの雑誌に載せるために描かれたもの。少年少女の気持ちになって読んでみれば納得がいく。

『三国志』の60巻、『項羽と劉邦』の21巻から見れば、8巻(文庫版は6巻)は少ないが、誰もが手軽に読めるボリュームで、一本の作品として完成度は高い。若き日の横山さんが手がけた大作として価値も高い。水滸伝の入門編としてもおすすめの『横光水滸伝』、未読の人はぜひ一度、既読の人も今いちど読んでみてほしい傑作である。横山さんお得意の「うぬっ」「むむぅ」「おおおぉ」といった独特のセリフ回しも満載で、横光好きならニヤリとしてしまうはずだ。

文・上永哲矢(哲舟)

(横光水滸伝特設ページ/潮出版社)
http://www.usio.co.jp/html/suikoden/