ニュース

一覧ページに戻る

2013年5月31日

京劇団「新潮劇院」主宰の張春祥氏が語る京劇「水滸伝」の魅力

京劇団「新潮劇院」主宰兼京劇俳優の張春祥氏

中国大衆文化の代表格「水滸伝」は、同じく中国の古典演劇=京劇の世界でも大人気の演目だ。しかし、一〇八人の好漢が巨悪と死闘を繰り広げる一大スペクタクルの「水滸伝」を全編演じることはなく、宋代の中国の講談(※岡崎由美教授のインタビュー参照)のように、各ヒーローの武勇伝を披露していくスタイルが京劇だという。そこで、中国伝統芸能たる京劇の日本での普及をテーマに、在日の京劇団「新潮劇院」を主宰する京劇俳優の・張春祥氏を直撃! 一分で分かる京劇のイロハをはじめ、京劇「水滸伝」の人気キャラ、そして京劇誕生の背景そのものが「水滸伝」と似ていることなど、さまざまな話を聞いた。

今回の登場ゲスト、張春祥氏は京劇団「新潮劇院」の主宰として年間数十ステージをこなす一方、中国語教室を開催するなど中国文化の伝道師として広く活躍中。また、日本の映画やテレビドラマなどで中国語の指導をするほか、NHK BS時代劇「テンペスト」(11)では主演の仲間由紀恵を喝破する役人役でゲスト出演もしている実力者なのだ。この、なにかと「水滸伝」に縁が深い張氏に、まずは京劇のイロハを聞いた!

京劇の歴史は200年ほどで、清朝時代の1790年が元年という定説がある。「実は、それ以前に演劇そのものはありましたが、皇帝の誕生日を機に地方のさまざまな劇団が集まったわけです。それこそ歌舞伎、能、狂言みたいにジャンルが無数にありましたが、それを改めてまとめて、北京で作ったモノとして京劇というジャンルが確立しました」。その当時、すでに「水滸伝」は大人気の演目で、この京劇誕生以前も全国で上演自体はあったそうだ。

ただ、京劇「水滸伝」では物語のすべてを演じず、演じるエピソードを抜粋する特色があるという。「そもそも京劇は、個人の技術や表現力を試す総合芸術です。物語ではなく、演者個人の個性や音楽とのコラボレーションを強調する芸能で、伝統的な様式も重要になっています。たとえば立ち回りなど観ていて分かりやすい、面白いエピソードの部分を抜粋して作る、それが京劇式ですね」。それゆえに、よりドラマチックな人生を送るキャラクターが、人気を集めることになる。「林冲、武松、宋江、魯智深、李逵などの有名なキャラクターのエピソードを演じることが、京劇では多いですね。その人のエピソードのみを演じますが、人気があるキャラクターはそれだけの背景を持っていますよね」と張氏は言う。

林冲夜奔(写真:宮内 勝)

ちなみに、張氏が過去に演じたことがある「水滸伝」のキャラクターで一番気に入っている人物は、波乱万丈の人生を送ることになる林冲だという。「国の仕事として軍隊に技術を教えていますが、上官である高俅の息子が林冲の奥さんに言い寄りますよね。それがきっかけで罠にはまった林冲は無念にも流罪になってしまう。この一連は、俳優としては演じたいですね(笑)。ここはおそらく長めの尺で紹介して演じても、面白いじゃないですか」。

面白い点は京劇の世界では、俳優によって演じる役割が決まっていることだ。男役の“生”、女形の“旦”、比較的暴れ回る男でクマドリは“浄”、道化役の“丑”という基本の4キャラクターがある。張氏の場合、“生”のスペシャリストなのだ。「僕の場合は、林冲、武松、宋江を演じることになります。魯智深や李逵は僕の範疇ではなくて、役割が違うわけですね」しかも“生”の中でも“武生”といい、アクション中心に立ち回る豪快な設定。言わば、ヒロイックなキャラクター専門なのだ。張氏は、「林冲の場合は国を追われ、流罪の途中に殺されかけて逃げている場面、武松は役人に護送されて宿屋に泊っている時に肉団子にされそうになった場面(笑)」と言って、その演じている最中の舞台写真を見せてくれた。

蜈蚣嶺の武松(写真:郭 允)

察しがいい方はすでに気づいていると思うが、「水滸伝」と京劇はとても親和性が高い。それもそのはず、前述のように京劇そのものが中国大衆文化の「水滸伝」と似たような成り立ちで、全国に点在していた劇団の芸が北京に集まって、一つになったモノだからだ。張氏も言う。「そもそも京劇の誕生って『水滸伝』と同様に、正確には誰も分からないわけです(笑)。どこにしようかと考えた時に、皇帝の誕生日のお祝いがあった瞬間にしようと。当時テレビなどは当然なかったので娯楽が少なかったですが、そのためか人々が面白がる演劇のレベルは高かったと思います。その地方劇団の当時のトップを集めて上演して、京劇になった。最終的には国劇とまで呼ばれて、現在にも続いています。それが京劇ですね」。

「水滸伝」も京劇も後継の人々の手で洗練され、世界的な人気を誇る古典文化、伝統芸能として確固たる地位を築いた。その両者が手を取り合って、面白くないわけがないのだ。「京劇も、『水滸伝』のように人々になじみが深い大衆文化です。ストーリーも単純で観て楽しい演劇なので、これを機に京劇の世界を知る人も増えてくれれば本当にうれしいです」。

取材・文・写真(張春祥氏):鴇田 崇

一覧ページに戻る