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2015年6月5日

その人生に学ぶ!農民から英雄になった岳飛の出世物語

農民から、国を救う英雄にまで登りつめた岳飛(写真中央)

岳飛を日本人に例えるなら誰か?

一介の農民から、国を救う英雄にまで登りつめた岳飛。日本でいえば百姓から天下人になった豊臣秀吉、農民から総理大臣になった伊藤博文を思わせる「出世男」でもある。


平社員から課長・部長になり、やがては社長へ・・・というように出世を遂げてゆくサクセスストーリーが人気なのは古今東西、共通するようだ。


野球でいえば、プロ入り前はほぼ無名の存在だったのに、3年かけてレギュラーに昇格、今やメジャーリーガーにまでなった「ムネリン」こと川崎宗則(元ソフトバンク)などがいい例。「自分もあの人みたいに頑張ろう!」と、人々に夢を与えてくれるからに違いない。


中国にもそうした逸話は多く伝わる。項羽を倒して天下をとった劉邦(りゅうほう)も元は農民だったし、「三国志」の英雄・劉備(りゅうび)も、ムシロ売りにまで没落していた境遇から蜀の皇帝になった男だ。

義勇兵の身分だったが、上官の目に留まる

岳飛は幼いときに父親を亡くしたため、働き手がいなくなり、いわゆる母子家庭で育った。学問や武芸に励み、文武の腕を磨いたのも「母の面倒を見なければいけない」という目的が根底にあったからだ。

父親を幼くして亡くした岳飛を、女手ひとつで育てた強き賢母・岳姚氏

そんな岳飛が、初めて世に出たのは21歳の時だ。ちょうどその頃、祖国・北宋の皇帝だった徽宗(きそう)は金に連れ去られ、漢民族自体が存亡の危機に立たされていた。そのため宋の旧臣たちは徽宗の弟、高宗(こうそう)を担ぎ上げ、南へ都を移すことになった。これが「南宋」である。


この危機の中で、南宋の将軍・宋沢(そうたく)が義勇兵を募り、岳飛は「国のために働きたい」と、これに応募する。そして、農民出身ながら誰にも引けないような強弓をいとも簡単に使いこなし、学識も持っていた岳飛はたちまち宋沢の目にとまったというわけだ。

岳飛の才能を見出し、良き理解者だった宗沢

上司を感心させた、そのひと言

宗沢は岳飛の才能に惚れ込み、さらに伸ばしてやりたいと考えるようになる。ある日、岳飛を呼んでこう言った。


「お前の勇気と才能はいにしえの名将に匹敵するだろう。しかし、ひとつ注意したいことがある。お前は好んで野戦をするが、それは最善の戦略とはいえない」


宗沢は兵法に則った陣地図を見せる。戦場では、陣を布いて万全の体制で戦うことが必要であると教えようとしたのだ。しかし、それを聞いた岳飛はこう答えた。


「運用の妙は一心にあると思います」


陣を布いて戦うのは兵法の常識であることは岳飛も知っていた。しかし、いくら理にかなった形があっても、優れた効果を出すには活用する人の心一つにかかる。それにふさわしい人が、機に応じて使わなくては何の価値もない、というのだ。

岳飛は常に信念を持ち、それを貫いた

いい上司に恵まれ、活躍の場を与えられる

これを聞いた宋沢は「よし!」と、ますます岳飛に感じ入ってさらに重要な仕事を任せるようになった。岳飛が名を挙げたのは、彼を見出した宗沢のおかげでもある。出世には、「良い上司」に恵まれることも必要だが、その点も岳飛にとっては幸いだった。


当然、そんな自信満々の言葉を吐いたからには結果が伴わなければならないが、岳飛は宋沢の期待に応え続ける。軍功を重ね、金軍を圧倒する存在に昇り、“精忠岳飛”の旗を皇帝から与えられるまでになった。

リーダーとしての才能を発揮し、金軍を圧倒する存在に昇りつめる岳飛

ただ、その強気な性格も災いしてか、悲劇の死を迎えてしまうが、彼の人気はますます高まり、今では中国史上トップクラスの英雄として語り継がれる存在となった。


岳飛の人生から、日頃からの鍛錬、ストイックに学び、努力することの大切さに気付かされる人も多いだろう。


文・上永哲矢=歴史コラムニスト

『岳飛伝 -THE LAST HERO-』
DVD-SET1 (5枚組/1~10話収録)
16000円+税
6月3日(水)リリース
※レンタルも同日より開始
※以降、毎月リリースあり
発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
提供:NBCユニバーサル・エンターテイメント/BSジャパン
『岳飛伝 -THE LAST HERO-』公式HP

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